所長ブログ

2011年12月 6日 火曜日

雫石事件

雫石事件

全日空機雫石衝突事故は、1971年7月30日に発生した自衛隊機と民間航空機が空中衝突した事件です。

岩手県岩手郡雫石町上空を飛行中の全日本空輸の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が飛行中に接触し、双方とも墜落しました。自衛隊機の乗員は脱出に成功しましたが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が犠牲になってしまいました。1985年8月12日に「日航ジャンボ機墜落事故」が発生するまで、最大の犠牲者数を出した国内の航空事故です。

刑事裁判および民事裁判は結審しており、双方の過失を認定しつつも自衛隊機側の責任がより重いと判断されました。報道では全面的に自衛隊側に事故責任があるとされていました。民事での過失割合は国2:民間1の割合で結審しました。

大学の恩師の思い出

上記雫石事件の民事を結審した、元東京高等裁判所 所長の故髙野耕一先生は大学の恩師です。
上記事件において当時のマスコミは「100%国(自衛隊)」が悪者のように報道し、視聴者はそれを信じ、自衛隊を怨みました。

しかし、事実は違っており、過失割合は2:1であったのです。結局、マスコミは、「真実」を伝えるより、如何に「視聴率アップ」「新聞発行部数のアップ」を最優先順位としているのかが分かりました。当然、「国(自衛隊)が民間航空機に追突し、多数の民間人が亡くなった。」と記載するのと、「民間航空機が自衛隊機に追突し、多数の民間人が亡くなった。」と主語を入れ替えるだけで、「やはり国(自衛隊)は悪い奴だ」と視聴者等を煽った方が、記事等は売れやすくなると思います。

「マスコミを疑え」、「真実を求めよ」、「真実を判断できる人格を育てよ」等、恩師から学んだことは人生の宝物です。
「活字を疑う」「TV報道を疑う」、大事な事だと思います。

現代におけるマスコミ報道も、比較的最近では「松本サリン事件」等過去の教訓を生かしていないような気がしてなりません。







投稿者 司法書士法人水上事務所 | 記事URL

2011年10月16日 日曜日

局報ちば

「局報ちば」に掲載していただきました。

人権・差別

 司法書士業務を通じ、「人権」「差別」という言葉を意識して、業務を行うことは、余り多くありません。
 業務の中で、「人権」を意識するとすれば、「後見人業務」「破産手続」が該当すると思います。
 一方で、私どもが日常的に出入りさせて頂いている法務局及び裁判所には「人権擁護」「差別をなくそう」等の掲示が多く、多種多様の冊子も配布されております。
 法務省人権擁護局の冊子「人権の擁護」には「人権」とは「すべての人々が生命と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利」あるいは「人間が人間らしく生きる権利で、生まれながらにして持つ権利」と記載されております。また、子ども達への人権説明には「命を大切にすること」「みんなと仲良くすること」とされています。
「人権」「差別」という言葉に、鈍感になってしまっている自分自身へ、自戒の念を込め、今一度、考えてみたいと思います。

1.昭和20年(西暦1945)頃の日本人の人権

 私は、「人権」「差別」という言葉で、思い浮かべる人物がいます。山崎豊子作品「二つの祖国」(NHK大河ドラマ名「山河燃ゆ」)の主人公のモデルともいわれている伊丹明です。
 二重国籍者であった伊丹明は、明治44年、日系2世としてアメリカに生まれました。3歳~20歳まで日本で教育を受け、昭和6年、20歳で帰米、昭和16年に始まった太平洋戦争においては、心に抵抗を感じながらもアメリカ陸軍に入隊、その後、国防省に勤務し終戦を迎えました。そして昭和21年に始まったA級戦犯を裁く東京裁判においては、通訳の誤り等を指摘する言語裁定官(モニター)として活躍しました。
 彼が生きたアメリカは、異常なまでの人種差別の時代であり、日系人はジャップと蔑まされ、使用するトイレからバス、食堂に至るまで白人と隔離させられました。原子力爆弾がドイツでもイタリアでもなく、日本に2発も投下された理由の一つとして、「早期戦争終結」の美名のもと、「白人に対して原子力爆弾は使用できない」という人種的な差別があったと言われています。
 次の論説は、彼が勤務していた、加州毎日(カリフォルニア州で発行されていた日系人向け日本語新聞:発行部数15000部ほど)で、昭和13年位に彼が書いた社説です。一世たちが「これこそ、われわれ在米日本人のこころの灯火だ」と涙したといわれています。狂気なまでに人権を踏みにじられ、差別を受けた日本人が書いた文章という点で非常に関心をもつことができます。

「優れた日本人であることが、とりもなおさず最良のアメリカ市民たり得る前提と強調したい。原則として人間は平等である。それは真に共通の平和と幸福を希望する点で、いささかも両者の間に相違があってはならない、という意味でもある。今、日系市民のあり方を指摘するのはつらい、卑屈な出稼ぎ人根性と、無為に消費されている目的無き毎日を嫌でも挙げねばならないからだ。しかし、これは、早急に一人ひとりが自ら改善していかなければならない問題ではなかろうか。ところが、各自の胸に自己発展と向上の気持ちが秘められているとしても、それが形として今日まで何一つ現れていないのが実情である。
 日系市民の、人種的平等を願う切実な感情に接する時、つねに痛感させられるのは米国人、つまり白人の人種差別観だけが原因しているのではない、という基本的な問題なのである。それはどういうことかというと、たとえ基本的に人権が同等であるとしても、個々の人間のもつ価値の点でそれぞれ軽重がある、ということにほかならない。この肝心の認識が欠けていては、またそれに伴う努力がなされなければ、平等を願うことは一つの空想にすぎない。この点が十分理解されてないのが何とも悲しい。一世は、二世に対する教育の面で全く無定見だし、二世は日本人の子として生まれたことを怨み、ひたすら表面的な米国社会の流れに同化しようと努力しているのだが、真にアメリカ祖国から学びとらなければならいないものが何であるか、ということを知らないだけにピエロをみるよりも哀れである。その結果、彼らの現在は日本人でもなければアメリカ市民でもない、ヌエのような存在といわねばならない。
 合衆国の白人社会は、そのような日系市民をいっそう軽蔑するだろう。しかし、いかんながら現在のようなあり方では軽蔑されても仕方がない。日米関係が、ますます冷却化を辿り、尖鋭化しつつある情勢を考えると、われわれ日系市民一人ひとりが、自己の開発に迫られている立場にあるのだということを、強調したい。」

 この文章が書かれてから約3年後、日本軍による真珠湾奇襲攻撃があり、翌年の昭和17年、大統領ルーズベルトによる日本人強制収容の命令が出されました。1世2世の日系人は、生活の基盤をすべて奪われ、市民権の有無を問わず砂漠地帯にあるマンザナール強制収容所等へ収容され、アメリカにおける日系人への差別はエスカレートしていき、人権はことごとく踏み躙られ、この収容所で死んでいった日系人も多数に達しました(因みにドイツ系、イタリア系アメリカ人の収容はされませんでした)。 
「二つの祖国」では、「日系人強制収容所」「太平洋戦争」「原爆」「東京裁判(極東国際軍事裁判)」の順番でストーリーが展開されていきます。
山﨑豊子は著書「作家の使命 私の戦後」で次のように述べています。
「二つの祖国の構想は、相当、以前から私の胸中にあった。日本が経済大国になるにつれ、日本人の心が荒廃し、自分の生まれた国、祖国を愛するというごく自然の心すら失われつつあるのを眼のあたりにし、一人の人間にとって、祖国とは何かという主題を、第二次世界大戦を通して書いてみたいという思いがあった。」
 このような、山﨑豊子のコメントを読むと、現代の「人権侵害」「差別」についても、経済大国という土壌の上に生まれ育った日本人の心に原因があるような気がします。
 伊丹明の論説「基本的に人権が同等であるとしても、個々の人間のもつ価値の点でそれぞれ軽重がある」という部分から感じることは「人権」を論じる場合には「総論部分の人権」と「各論部分の人権」を分けて理解する必要があると思います。「総論部分の人権」は、人種、宗教、性別、思想及び各人が抱えているハンディキャップ等を問わず、万人が共通に求めうる人権であること。しかし、そればかり追い求めても、いわゆる「人権屋」になってしまい、具体的ではなく、単に空想的になってしまうのだと思います。「各論部分の人権」は各人に与えたられ所与の条件、環境及び境遇に応じて幸福、平等を追求する権利であり、それに伴う努力及び達成が許される権利であり、国家は当然それに対して支援する義務があること、一方で、その人権を主張する側にも努力が必要であることだと思います。

2.平成23年(西暦2011)における人権

 伊丹明が生きた時代から時は流れ、戦後、急激に経済大国となり、1000年に1度といわれる、東日本大震災を経験した今、現在進行の「人権侵害」「差別」には何があるのでしょうか?
 法務省人権擁護局発行「人権の擁護」には主な人権の課題として「女性」「子ども」「高齢者」「障がいのある人」「部落差別」「アイヌの人々」「外国人」「HIV感染者、ハンセン病患者」「刑を終えて出所した人」「犯罪被害者」「インターネットによる人権侵害」「ホームレス」「性的指向」「性同一性障害」「北朝鮮拉致被害者」「人身取引」等があげられています。
 そして、今後、戦後最大の人権侵害として「福島第一原子力発電所の放射能汚染による人権侵害」が問題となるでしょう。
 私は、「自分の子供が将来、福島原発周辺で放射能汚染の被害を受けた人と結婚したいと言われたらどうする?」という質問を突然受けたことがあり、言葉に詰まってしまいました。
 冒頭に記載した人権の定義を原発問題にあてはめた場合、少なくとも放射能汚染で苦しむ福島県の方々は、①住居を奪われ ②仕事を奪われ ③正常な教育を受ける権利を奪われ ④30年間の健康追跡調査が必要なほどの生命の危険を侵され、⑤子どもたちの尿からは放射性セシウムが検出され、完全にその「生命」と「自由」が侵害され、「人間らしく生きる権利」を奪われております。
 国家責任で導入した原発が、子どもの「命を大切にする」どころか、危険にさらしています。また、放射能で酪農家を廃業し、「幸福」どころか「死」を追求し選択した方もいます。
 この人権侵害の加害者は誰でしょうか?
 経済大国へ発展してきた影で、安価で安定的電力供給確保のため原子力発電所を推進し、大量に電力を消費し利益を享受してきたのは誰でしょう?
 国家、政治家、電力会社及び有権者である国民全員が加害者であるなら、その人権侵害は、無過失責任であるべきであります。
 では、誰が責任を取るべきなのでしょうか?
 電力会社を非難することは簡単です。しかし、それこそ、そこで働く人及び放射能と戦っている作業員への人権侵害だと思います。
 このような人権侵害を侵さないため、国家、政治家及び国民は聰明でなければならないと思います。
 聰明であるためには、苦しいとき、厳しいとき、そして間違いを犯したときに徹底的に反省をし、その結果をうけ、最善の行動指針をとることが必要だと思います。
 例えば、何故、国家は重大な間違いを犯し、ハンセン病患者を隔離し、隔離施設内でも懸命に生きようとした人の生殖能力でさえ強制的に奪い取るような人権侵害を行ったのか、謝罪及び賠償の大前提として、責任を取るべき者及び組織が、徹底的にそれを反省し、そして二度と同じような人権侵害を発生させない行動指針を作成することが必要だと思います。
 また、放射能汚染による人権侵害についても、原子力発電所を日本に導入し、推進してきた政治家及びその政治家を後押しした新聞社等の反省的コメントは何もありません。
 原子力発電所を導入するきっかけは、米ソの原子力爆弾及び水素爆弾の開発合戦で、後れをとったアメリカがソ連を牽制すべく、「原子力は平和的に利用しよう」と国際社会に呼びかけ、その影で相変わらず、水爆実験をしていた歴史的背景があります。そして、原爆被害国の日本に旗振り役として、原子力発電所を造らせました。アメリカからの原発設置の要請を受けた日本の政治家は、大手新聞社を巻き込み、「原発は安全」「平和的な利用方法」「未来のエネルギー」等マスコミを利用して、反面その危険性は伏せたまま、日本全国に原発を設置してしまったのです。結果的に、ハリケーン対策はできても、地震及び津波対策が不十分なアメリカ製の原発が暴走してしまったのです。
 その当時の政治家、政党及びマスコミ関係者はまだ健在であり、今回の問題については、反省しているのか、それとも経済的利益を国民が享受した以上反省しなくて良いと考えているのか、全く疑問です。
 徹底的な反省を行い、このような人権侵害を防ぐ必要があるのではないでしょうか?
 
3.平成112年(西暦2100年)における人権の行方

 今から、89年後の西暦2100年、すなわち今生存している1億2000万人の日本人全員が死亡する頃には、日本の人口は6,400万人とも、現在の3分の1程度の4,000万人程度とも言われています。少子高齢化社会から高齢者すらいない少数民族になっていくでしょう。
 人口が5000万人以下になった国家は内需のみでは生きていけないため、ボーダーレス社会になり、国際競争力が必要になってきます。もしかしたら、移民を積極的に受け入れていくような国になっているかもしれません。
 「戦後~急激な経済成長と人口増加~自然災害~少子高齢化~人口減少~少数民族」といった日本国の流れで、人権・差別問題も変化していくとおもいます。
 原発問題で思うことは、当然、電力消費量も比例して減少していきます。西暦2100年の人々に何を残すべきなのか、老朽化した原子炉を残すのか、その人口レベルで今回のような原子力発電所の事故を起こした場合、国家の存亡に関係してくるのではないでしょうか?それこそ、国家が国民の人権を侵害し、その結果、国家とその民族が滅亡するようなことがないように徹底的な反省と、未来への行動指針に誤りがないよう祈るのみです。

4.震災遺児、孤児

 今回の東日本大震災で片親、両親を亡くした震災遺児、孤児が1500人を超えたといわれています。
 この子達が経済的差別を受けず、教育を受けていく権利を実現させるため、建築家の安藤忠雄氏が下記基金を立ち上げております。
 内容としては、毎年1万円の寄付を10年間(計10万円)続けるというものです。
 自分自身、日本育英会にお世話になったこともあり、また、震災を風化させないためにも10年間寄付を続けることは良いことだと思い、参加しております。ご賛同頂ける方がおりましたら幸いです。

桃・柿育英会 東日本大震災遺児育英資金 事務局
住所:〒531-0072 大阪府大阪市北区豊崎2-5-23(安藤忠雄建築研究所内)
TEL:06-6371-2227  FAX:06-6374-6260 

 最後に、平成23年(西暦2011年)5月18日に書かれた、この育英資金の趣意書を掲載させて頂きます。

「2011年3月11日、東日本を襲った、大地震、大津波、そして原発事故は、私たちの想像をはるかにこえた大災害をもたらし、多くの人々の尊い命を奪い、故郷や、家族の歴史、職業までも一瞬にして奪い去りました。
 保護者を突然失った多くの孤児や遺児たちは、今も被災地の避難所などで、心細い思いに耐え、必死で生きています。
 16年前、1995年1月17日、阪神・淡路大震災を経験した私たちは、"桃・柿育英会"を有志の皆様と立ち上げ、10年間は、遺児たちの成長や学びを見守り、支えていきたいと考えました。多くの企業や個人の方々から10年間にわたりご協力頂いた結果、総額4億9千万円を超える育英資金を、兵庫県教育委員会を通して遺児たちに分配することができました。
遺児たちはそれぞれ学びを続け、大きく成長し、今や立派な社会人として活躍している人も大勢います。
 この度の大震災では、更に多くの子ども達が、孤児や遺児という境遇に置かれることが確実視されています。
彼らを支援し、励ます資金を集めるべく、再び「桃・柿育英会」を立ち上げます。
 被災し荒廃した故郷、各地域の今後の復興においては、人づくりが一番の基礎となります。また同時に、この大災害と、被災された人々の痛みを長く忘れないという思いも込めて、今回新たに発足した「桃・柿育英会」でも、少なくとも10年間は子どもたちの成長を見守りながら、良好な教育環境の中で学んでいく意欲を支え続けたいと考えます。
 被災地で力強く生きようとする孤児や遺児を共に支えていくこの育英会の活動にご協力を頂きますよう宜しくお願い致します。」           以上       

投稿者 司法書士法人水上事務所 | 記事URL

2011年8月27日 土曜日

震災遺児 孤児

 東日本大震災で遺児、孤児になった子供が1500人を超えたと言われております。
 この子供達を支える、桃・柿育英会が立ち上がっております。
 ご賛同頂ける方はこちらのホームページを!

 桃・柿育英会 東日本大震災遺児育英資金

投稿者 司法書士法人水上事務所 | 記事URL

カテゴリ一覧

カレンダー

2011年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31